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ホレス・シルヴァー新クインテット第一作『シルヴァーズ・ブルー』と日本最初のモダンジャズ小説石原慎太郎『ファンキー・ジャンプ』

ホレス・シルヴァーが
あの時代(1950~60年代のハードバップ~ファンキーの時代)に
唯一ブルーノート以外のレーベルに残したリーダー・アルバム

『シルヴァーズ・ブルー』(エピック)1956年
Silver's BlueSilver's Blue
(2006/03/31)
Horace Silver

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めちゃ久々に聴いていますが、
というのもこれがジャズ・メッセンジャーズ(JM)脱退後の
最初のホレス・シルヴァー・クインテットなので。

初代(第1期)JM最後の録音
『ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』(CBS)1956年5月4日
ドナルド・バード(tp)、ハンク・モブレー(ts)シルヴァー(p)、
ダグ・ワトキンス(b)、アート・ブレイキー(ds)

の2か月後で、
『シルヴァーズ・ブルー』ファースト・セッション 56年7月2日
ジョー・ゴードン(tp)、ハンク・モブレー(ts)シルヴァー(p)、
ダグ・ワトキンス(b)、ケニー・クラーク(ds)

同セカンド・セッション
ドナルド・バード(tp)、ハンク・モブレー(ts)シルヴァー(p)、
ダグ・ワトキンス(b)、アート・テイラー(ds)

ということになりますが、
セカンド・セッションに至っては
JMから同じアートでブレイキーがテイラーに変わっただけ、
という総とっかえ状態が現出します。

JMは、この後しばらく(『モーニン』まで)
「暗黒時代」ともいわれるトンネルに入ります。
いい作品もあるけれど。

いずれにしても
2か月の間に全員が辞めてしまったわけですが、

シルヴァーの自伝
『Let's Get to the Nitty Gritty』には

Let's Get to the Nitty Gritty: The Autobiography of Horace SilverLet's Get to the Nitty Gritty: The Autobiography of Horace Silver
(2007/08/20)
Horace Silver

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「(JM)を辞めたのはメンバーにドラッグが蔓延したからだ」
と明言されています。

ただし
クリーンなのは自分とダグ・ワトキンスだけ、
とも書かれていて、
バードやモブレーが一緒に辞めた理由にはなりません。

自伝の他のところで語っているように、
ブレイキーがギャラを分配しなかったというのが、
もうひとつの大きな理由なのでしょう。

さて、
『シルヴァーズ・ブルー』録音にあたって、
プロデューサーのジョージ・アヴァキャンから、
オリジナルは3曲まで入れてよろしいといわれたので、
準備していた6曲から3曲を選んだ、
とこれも自伝に書かれていますが、

その3曲とは、
M1.シルヴァーズ・ブルー
M2.トゥ・ビート・オア・ノット・トゥ・ビート
M5.(LPだとB面トップ)シャウティン・アウト

ということになります。
しかし
トップを飾るタイトル曲は
シルヴァーらしからぬ「ど」のつくくらいフツ―のブルースで、
本当にこれを自分で選んだのか。
M2.はシルヴァー節ですが。

この4か月後のブルーノート復帰第1作
『シックス・ピーシズ・オブ・シルヴァー』(ブルーノート1539)には
大ヒット「セニョール・ブルース」他オリジナルの名曲が並んでいるが、
うち3曲は「余り曲」だったのか?


ところで、
石原慎太郎『ファンキー・ジャンプ』1959(新潮文庫『完全な遊戯』収録)は、
日本最初のモダン・ジャズ小説と思しき短編ですが、

完全な遊戯 (新潮文庫)完全な遊戯 (新潮文庫)
(2003/08)
石原 慎太郎

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主人公の「ファンキーな」日本人ピアニスト松木俊夫(マキー)は
(ドラッグ漬けですが)音楽はシルヴァーを連想させます。

そもそも
小説中で演奏する7曲中はじめの2曲のタイトルが
M1.マキーズ・ブルー
M2.トゥ・スイング・オア・ノット・トゥ・スイング

と『シルヴァーズ・ブルー』に重なります。
1959年、都知事ははやばやと聴いていたのか『シルヴァーズ・ブルー』




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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

週刊ポスト「エロ怪人列伝」中の本木荘二郎

『七人の侍』他黒澤明作品の元プロデューサー、
本木荘二郎のピンク映画時代の記事が載っているという
 
週刊ポスト7月23日号130~133ページ
山藤章一郎と取材班『現場の磁力』186回
北新宿「エロ怪人列伝」飛び飛び連載①本木荘二郎

を読むことができました。
赤坂図書館で借りたのだ。
ポストは半年分保存するのだそうだ。
よかったよかった。

男優久保新二によると、
男優関多加志の留守がち部屋(大久保駅近くの第二淀橋荘というモルタルアパート)
に好意で住まわせてもらっていて、、
そこで一人息絶えた。62歳。

押し入れから出てきた遺品が
ヴェネチア国際映画祭(『羅生門』が受賞)の金獅子レプリカほか、
『白痴』『生きものの記録』など黒澤映画の手書き脚本。

久保は本木を「爺さん」と呼んでパンなど恵んでいたら、
「映画青年上がりの山本晋也」に
「このお方を誰だか知ってんのか」といわれて「たまげた」らしい。

たこ八郎に紹介されて配給会社に話をつないだらしい団鬼六は、
本木が手抜きで制作費を浮かして土下座したことや、
やくざ風の付け馬を連れて借金に来たこともあったと語っています。

ピンク映画の監督料はそれなりのようで、
当時の本木の「安上がり」な生活を知る仲間たちは、
なぜカネに困っていたのか、誰もわからない。

「黒澤と別れて独立プロを経営した4年間の借金に追われていたという説がある。
内実はよく分からない」

黒澤との最後の作品『蜘蛛巣城』が1957年で、
本木最初のピンク映画『肉体自由貿易』(岸本恵一名義)が1962年だから、
この間が独立プロ時代ですが、
どんな活動をしていたのか、記事中にはありません。

『大系黒澤明』第2巻(講談社2009)には、
編者・浜野保樹の巻末解説中に「本木荘二郎」の一項がありますが、
ここにも独立プロ時代の記述はありません。

本木と黒澤の別離についてはこう書かれています。
「黒澤自身が後に身内に語っていたところによると、
(金銭トラブルの)事情説明に来た本木は
『今後絶対に黒澤の名前を使って仕事はしない』と誓い、
その約束は本木の死まで守られた」

続けて
「たった一つの例外が、東宝争議に関する映画雑誌のインタビューである」
とありますが、

同書はそのインタビュー
『映画芸術』1976年4・5月号「東宝映画戦中から戦後へ・若き黒澤明の周辺」
を抄録してもいます。

本木は4年先輩の黒澤を、
最初は黒澤さん、次第に黒澤くんと呼び、
往時の二人の二人三脚ぶりを衒いなく語っています。

後の「天下の名匠」Kくんと、
「男心を先天的に誘うのがうまい」D子に、
「最初じゃないんだけど(自分のアパートの)部屋を使わしたんです」
なんて発言まで飛び出します。

再び週刊ポストに戻りますと、
『肉体自由貿易』について、
「ピンク映画を精力的に評論している鈴木義昭さん」はこう解説します。

「ストーリー性を加えたエロ映画など、それまでなかったのです。
のちのピンク映画の始まりとなりました。第2作は左京未知子主演『不貞母娘』。
以後、200本ものピンク映画を監督しました」

他にポストの記事中にある作品タイトルは
『狂い責め』
『発情女乱れ斬り』
『色好み三度笠』
『悶絶トルコ娘』
『女極道狂い咲き』
『穴に賭ける』
『魅力ある悪女』








テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

ディスクユニオンの巨大ジャズ店舗開店と驚きでとほほなクラシック・ジャズLP大放出

ディスクユニオンが本日26日お茶の水に開店した
巨大ジャズ店舗「JAZZ TOKYO」に出かけました。

おお、隅から隅までジャズのCDとLPとDVDとビデオと書籍ばかりではないか。
こんなの世界のどこでも見たことないぞ。

棚の上の壁は、ぐるりとブルーノート4000番台のパネルが
何と番号順に並んでいる。

というわけで、
ここは世界史上最大のジャズ・レコード店なんだそうです。
ジャズ専門の店舗としては、きっと絶対そうだと思う。

CDコーナーで必要な資料
(ブルーノート1500番台のジミー・スミスのジャム・セッション5作とか)
を手に入れた後、LPのコーナーに移ったら、
ジャズ評論家で大コレクターの佐藤秀樹さんにお会いしました。

「クラシック・ジャズのいいものがたくさん安く出ていますね!」

といわれてチェックしたクラシック・ジャズ(モダン以前スイングまで)のコーナー、
いわれなくてもだんだんチェックしていたと思うけれど、
驚きの出物だらけでした。

RCAの『ライオネル・ハンプトン・オールスター・セッションズ』6枚組や、
CBSのジャック・ティーガーデン『キング・オブ・ザ・ブルース・トロンボーン』3枚組が、
何と驚きのウン百円だ!

ムカシあんなにお金貯めて買ったのにね。とほほ。
しかも状態は家のよりいい。
ダブって持っていたっていい内容の全集だ。

ほとんど買いかけたのをガマンしたのは、
金はあるけど場所がないからである、って威張るなよな。
結局何を買ったかというと、以下の5枚である、って威張るなよな。

(以下、購入決断順)

1.ビリー・ホリデイ他『トラべりン・ライト~キャピトル名演大発掘』
(東芝EMI/キャピトルECJ50077)オビ付き

2.バド・フリーマン~アート・ホ―ディス『ウィンディ・シティ・ジャズ』
(ビクター/MCA-3082)オビ付き

3.『ベニー・グッドマン物語』
(東芝電機/キャピトルOLP-13)10インチ盤

4.スタン・ケントン楽団『ポートレイト・オン・スタンダーズ』
(東芝EMI/キャピトルECJ40031)オビ付き追悼盤
クラシック・ジャズじゃないけど。隣のビッグバンドのコーナーにあった。

5.コールマン・ホ―キンス『ハイ・アンド・マイティ・ホーク』
(キング/ロンドン~フェルステッドLAX3090)オビなし100円!

1と4はムカシの自分との再会であります。
1の監修と解説は粟村政昭さんだ。
4はケントンが亡くなった1979年(8月25日)に、
何かやらねばと思ってムリヤリ発売したのを、これを見て思い出しました。
「追悼盤」のオビがついている。
享年67歳。若かったのだ。

IMG_0007.jpg


2はブルーノートでおなじみピアニスト兼評論家アート・ホ―ディスの、
ブルーノート以前のデッカ録音(1942年)4曲収録。
ホーディス・ファンの油井正一さんの解説だし、これは絶対買い。

3はオリジナルのジャケットデザインはどーなっていたのか、
気になっていたアルバムの、日本初出盤。
東芝音楽工業ではなく東京芝浦電気盤で、解説は野川香文、当時の定価は1000円。

5はホークのオリジナルLP録音を気にすべき用事がこの後控えていたので。
(この用事の件についても近々書くと思います)

以上、充実の5枚ではないか。
しかし、驚きの鑑定結果がこの後に!
といっても値札で買っただけなんですが、

「1000円です」、お姉さんさんがいう。
私は悪事を咎められたかのように慌ててクレジットカードを引っ込め
1000円札を財布から取り出す。
というシーンが展開されたのでした。

安過ぎないかクラシック・ジャズのLP。
買う人減っているんだろうなあ。
伝える人もいないし。

だからこのささやかなブログで
大声で言っておきたい。

明日(もう今日ですね)いちばんで「JAZZ TOKYO」に行って
ライオネル・ハンプトンのオールスターズの6枚組ウン百円を買うべし。
残ってたらだけど。

家に帰ったら迷わず3枚目A面8曲目の
「スイートハーツ・オン・パレード」に針を落とすべし。

ハンプのヴォーカルとヴァイブにチュー・ベリーのサックスが絡む。
これを聴いたら他のすべてのトラックを聴きたくなります。

もっともっとチュー・ベリーを聴きたくなります。
チュー・ベリーの編集盤や発掘盤LPもいっぱいあったぞ。
とほほな値段で。

やっぱ明日も行こうかなJAZZ TOKYO。





テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

映画やTVは囲碁シーンをもっと真剣に考えるように

TVのニュース(CX)を観ていたら、

囲碁がアジア大会の正式種目になっているそうで、
しかも負けてしまってメダルに届かないそうで、

まあそれは本題ではないというか、
本題より問題かもしれないというか、

で、本来の本題はニュースのイントロで
「一手を打つ瞬間」のイメージ映像(っていうのか)
が流れたのですが、

眼の玉をほじるというか、
壁にアタマをぶつけるというか、
めちゃくちゃなところに石を打っていたぞ。

これじゃ世界に負けるよね。

といってもこういうのは日本だけの話ではなくて、

以前『ビューティフル・マインド』(2001)
という映画があって、

主人公の天才数学者(ゲーム理論のジョン・ナッシュ)が
大学(プリンストン?)のキャンパスで対戦中の囲碁を眺めるシーンがあったけれど、

この時の盤面の石の配列がまためちゃくちゃだった気がする。
これじゃ天才にならんでしょうが。

『ヒカルの碁』という大ヒット囲碁マンガがありましたが、
このマンガが偉かったのは、
いかなる場面でも、石の配置も次の一手も論理的に描かれていたことだ。

なぜかというと梅沢由香里さん(美女プロ棋士)という
専門家に監修を依頼していたからですね。

星の布石 ルールを覚えたら 梅沢由香里のステップアップ囲碁講座星の布石 ルールを覚えたら 梅沢由香里のステップアップ囲碁講座
(2005/08/20)
梅沢 由香里

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それまでの囲碁マンガといったら、
というか、囲碁マンガなんてなかったわけだから、
マンガの囲碁シーンといったら、

盤上に19x19の線が引かれていたら超ラッキーくらいのものでした。

大きすぎるか小さすぎるかの盤面に、
ただばらまいたってそうはいくまいというくらい非論理に石が並んでいる、
そんなんばかり。

映画やTVも『ヒカルの碁』に追いついてくださいね。

それにしてもなぜ囲碁でだけこんなことが起こるのか。

野球のベースは誰が描いても撮っても4つだし、
相撲の土俵は丸い。

囲碁ファンはもっと啓蒙に勤しむべきでないか。
って自分のことですね。
何年もやってないけど再開しようかなパンダネット。


テーマ : ゲーム
ジャンル : ゲーム

消滅した名パートナー本木荘二郎と黒澤明の関係を暴くムカシ買った本『虹の橋』を再読する

先日。
黒澤明『七人の侍』を久々に劇場で観ましたが、
(京橋フィルムセンターですが)

タイトル直後のスタッフ・クレジットの最初に

制作:本木荘二郎

の名が単独で燦然とスクリーンに躍った時、
20数年前、通りすがりに新刊で買った1冊の奇書を思い出しました。

藤川黎一著『虹の橋~黒澤明と本木荘二郎』(虹プロモーション/田畑書店1984)

IMG_convert_20101121002323.jpg

本木荘二郎は1947年から10年間の黒澤明作品(以下)
のプロデューサーを務めます。

『素晴らしき日曜日』(1947東宝)
『酔いどれ天使』(1948東宝)
『静かなる決闘』(1949大映)
『野良犬』(1949東宝)
『醜聞』(1950松竹)
『羅生門』(1950大映)
『白痴』(1951松竹)
『生きる』(1952東宝)
『七人の侍』(1954東宝)
『生き物の記録』(1955東宝)
『蜘蛛巣城』(1957東宝)
『どん底』(1957東宝)

そして何らかの金銭的な問題を起こし、
『どん底』制作中に東宝との契約を解除されます。

その後は黒澤明と絶縁し、
200本余のピンク映画を撮りまくり、
1977年、新宿成子坂のアパートで孤独死。
享年62歳。

いったい何があったのか?

本書を奇書と記憶していたのは、
そうした題材以上に、多分本書の持つ特異な空気感によるものです。

事実を調査し、関係者の取材を重ね、実名を次々登場させながらも
本書は私小説風の構成になっています。

主人公風祭啓三は海外留学した知人女性の留守宅に住み、
ちり紙交換で日銭を稼ぎ、サラ金から借金し、
小説を書いたこともあるようですが、
いまは本木荘二郎の真実を追求する毎日を過ごしています。

そんな平凡ならざる日常の
憤懣と諦観を行き来する主人公=筆者の想念が、
独善的な文体と相俟って、
人間関係の滓のようにページの各所にまとわりついている。

今回再読して思ったのは、
この話はこんな特異な小説空間の中でのみ
語られるべきものかも、ということです。

終わり近く、
谷口千吉のこんな「証言」があります。

「(使い込みや文書偽造が露見して)東宝とのプロデューサー契約は解除された。
黒澤と本木とぼくの三人で善後策を話し合った。
本木いわく『生涯二度と姿を見せない』。
黒澤いわく『おまえはあの世に行ったものと思っている』。
後のことは黒澤にじかに聞いてほしい。とにかく、逢うことだ。
逢えよ、逢うべきだ。本木のためにも絶対逢えよ」

そしてラスト・シーン、
主人公は黒澤明と対面し、ある「伝言」を伝えます。

ともあれ、
黒澤~本木という大コンビに後年起こったことは、
谷口の証言中にある二人の約束のままのことです。

しかし、
本木の凋落や貧窮に関わらず、
なぜ約束はここまで強く守られなければならなかったのか?

元の仕事場から救いの手は一切なかったのか?

追放は「黒澤下ろし」の動きに巻き込まれたのか?

黒澤という巨大過ぎた存在の、負の引力圏に放置され抹殺されたのか。

そのあたりは作者のいう、
小説は真実を暴く、という範疇に属するものかもしれません。

腰巻にはこんな推薦文が並んでいます。

・一発の銃弾黒澤明のハートを射抜く。さいとうたかお(劇画家)
・これはね、黒澤くんの『羅生門』を越えたよ。永田雅一(大映元社長)
・ミステリー小説、青春小説、実録小説をのみこんだ、
 敗者復活の人間文学……面白い。中村八朗(作家)
・陽の当らない場所から本木荘二郎を引っ張り出してやって下さい。菊島隆三(シナリオライター)
・映画に殉じておのれを消滅させた、ひとつの存在の名誉回復に、
 文学的手段が選ばれたことが惜しまれてならない。蓮實重彦(東大助教授)
・異常な執念、黒澤明のおとこをあばく。団鬼六(作家)

永田雅一のは、
本書中の証言はすべて『羅生門』の原作以上に『藪の中』、
ということでしょう。

蓮見重彦の真意は測りかねますが、
より批評的なスタンスで、
黒澤作品における本木荘二郎の位置が語られることもあってよい気がします。


ネットを検索したら、
『噂の真相』1983年11月号に特集記事が載っているのを見つけました。

『黒澤明の影武者・本木荘二郎を描いた新刊本の舞台裏』
(石村義一の署名原稿)

何と電子書店パピレスというところで買えるではないか。
すぐにゲット。
実に便利な世の中。
11ページ350円は高いが安い。

(どーでもいいが、掲載号は84年11月号または12月号の間違いではないか。
『虹の橋』の奥付にある発行日は1984年10月21日)

文中、著者のこんなコメントがあります。

「書き上げた原稿を持って出版社を回りましたよ。
文芸春秋の社長上林吾郎の知遇を得ましてね、
『本にする、その前に文学界に連載してみたらどうか』
と言われましてね、とてもうれしかったんですがね、
ひとつだけ条件が付いたんです。
つまり、実名を仮名にしろといったようなことです。
断りました」

つまり、
『虹の橋』は小説ですが、
仮名を拒否する種類の小説であるということでしょう。

特集記事の最後はこう結ばれています。

「ともあれ、若手の無名のライターがサラ金をだましてまで
取材費を手にして、精力的に映画界の謎をテーマに動きまわった
という実績だけは十分に読み取れる本である」


サイトはさらに、
『週刊ポスト』今年の7/23号に
本木荘二郎伝が載ったらしいことまで教えてくれました。

これも絶対読んでみないとね。
パピレスには売ってなかったけど。

テーマ : 日本映画
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プロフィール

雑木林進&ぽぽぱんち

Author:雑木林進&ぽぽぱんち
日々の旅人とその番犬たち。
1986年、ジャズ批評誌掲載の「50年代はなぜエライ」「『ジャズ大名』におけるジャズ・フェスティバルの生成」などでスルドくデビュー。2010年より、同誌に編集部新着本全紹介「ジャズは手に取って読め!」連載開始。新ジャズ雑誌「ジャズジャパン」創刊号(2010年8月)より、古今東西ジャズ本紹介「ジャズは本棚に在り」連載開始。
aka 行方均(レコード制作者)
最近の一句;
本積んで/読み齧る人/齧る犬
墨東の/タワーひとりで/たけくらべ

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